映画オッペンハイマーを見た。数々の映画賞を受ける作品とまでは思わなかったが、見る価値はあった。
登場人物の中で一目で解る者はアインシュタインぐらいで、他はどれも同じような顔をしているので筋を追うのに困ったが、印象に残る場面がいくつかあった。一つは原爆の材料であるウラン精製の困難性である。オッペンハイマーは、それが如何に難しいかを皆に説明するのだが、サッカーボール大のガラス瓶にビー玉を数個入れて、今のところこれだけだが爆発させるためにはこれが一杯になる必要があると言う。原爆を造るには自然に存在するウランを精製して純度を極限まで高くしなければならないのである。
前に見た映画かテレビか忘れたが、スターリンが出来上がった原爆を撫でながら、「威力が小さくなってもいいから、この材料で二発作れないか」と部下に言い、部下が緊張で震えながら「それでは爆発しません」との返事に苦笑する場面が印象的だった。それほどウランを精製するのが困難で、ハイゼンベルクもドイツでは今のところ不可能であるとヒトラーに進言したのである。
もう一つがオッペンハイマーが戦後トルーマンと面会する場面である。オッペンハイマーはトルーマンに自分の手が血で汚れていると言い、原爆実験場は原住民に返還して欲しいと頼む。トルーマンは、作った者ではなく、使った者に責任があると答え、オッペンハイマー退出後、部下に「あの泣き虫は二度と寄こすな」と命令する。
あとは、オッペンハイマーが共産党と関わりがあったか否かの査問を受ける場面であるが、これが映画の半分ほどを占め退屈であった。オッペンハイマーは妻がアメリカ共産党の元党員であったし、ユダヤ人だから反ナチスであることは当然であるが、共産主義に好意的であったとしてもその理由がどうであったのか説明があれば興味深いのだが、それは無かった。その点テラーは根っからの反共主義者であって、一日も早く水爆を開発してソ連に投下すべきだと力説する。
オッペンハイマーは、原爆を実際に使用するとしても実戦にではなく、警告した上で被害の少ない東京湾上に落とすことを進言したというが、私もそう思う。
第二次大戦が日独の優勢に進み、ドイツがヨーロッパを完全に制覇し日本がハワイを占領して毎日のようにカリフォルニアに空襲をしていた場合を想定してみよう。日本が原爆を世界に先駆けて作ったとして、日本は来るべきドイツとの最終戦争に備えてドイツ牽制のためにロサンゼルスやサンフランシスコに原爆を落とすであろうか。そのようなことは絶対にあり得ない。戦局が傾いていた時期にさえ永野軍令部総長が陛下に一発で大都市を破壊できる爆弾を開発中であると上奏したときに、陛下はそれを先に使ってはならないとおっしゃった。相手が弱っているときに無用で残虐な爆弾を使うような例は日本にはない。つくづくルーズベルトやトルーマンは正常な感覚を逸脱していたと思わざるを得ない。この罪業の記憶は今後少なくとも数百年あるいは数千年続くであろう。アメリカはプーチンがウクライナとの戦争で核兵器を使うことを心の底で望んでいるのではないか。罪を犯したのが自分だけではないという慰めを得られるからである。
何年か前のノルマンディ上陸記念祭の野外会場で原爆投下の記録映画を見てオバマ大統領はガムを噛みながら拍手し、プーチンは沈痛な顔で十字を切った。そのときのプーチンの姿を今でも覚えている。プーチンがウクライナに核兵器を使用することはないと思う。